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カテゴリ:社会・歴史( 4 )
マタギ

 昨日読んでたんですが、読売新聞秋田版のマタギ話連載「崇高な殺生」シリーズが面白かったんで載せときますわ。

崇高な殺生<第1部 マタギの存在論> 
崇高な殺生<第2部 マタギの経済論>
崇高な殺生<第3部 マタギの戦時史>

 まあ通して読むと、戦争やら経済成長やらでマタギ社会が壊滅していく様子がわかって暗澹たる気持ちになりますが。終戦直後なんかは狩りに行くこと自体が遊びとみなされて蔑視されたってな具合だからなあ。


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by Hirai_UMA | 2006-04-16 03:19 | 社会・歴史
日々勉強やで

15歳少女、部屋に男友達忍び込ませ、ずる休み判明

 いや、事件の内容自体にはさほど興味は湧かなかったんですが、警察のコメントがアレでな。
地元署は、「少女は教科書で勉強していなかった。考え得るに、別の事を学習していたと思う」と述べた。
 なに小粋なこと言ってんだよ。ちょっと笑っちまいましたよ。


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by Hirai_UMA | 2006-03-31 11:51 | 社会・歴史
いまはこんなことになってるのか

 「日本史上一番のバカ殿、暗君は?」スレで見た話。
32名前: 日本@名無史さん投稿日: 2006/01/28(土) 16:26:29
徳川綱吉もかなりのバカ殿だったな
生類哀れみの令のせいで、頬に止まった蚊を潰した武士が閉門になったりとかとにかく甘やかされるもんだから犬が増長して、半狂犬化していたらしい

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34名前: 日本@名無史さん投稿日: 2006/01/28(土) 21:32:34
>>32
綱吉は歴代将軍の中では最も学問好き。たびたび、大名旗本を集めて講義をおこなっている。
生類哀れみの令については最近再評価する見方が出てきている。

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53名前: 日本@名無史さん投稿日: 2006/01/30(月) 20:41:13
家重は口が不自由だっただけ。
実像は相当の独裁者であったそうな。

>>32
当時綱吉は、江戸のかぶき者(不良青年ね)を徹底的に弾圧するために、「生類憐みの令」を隠れ蓑に使った、という説が有力。

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55名前: 日本@名無史さん投稿日: 2006/01/30(月) 21:17:11
>>53
保科正之が水野十郎左衛門以下に鉄槌を下した後もまだそんな連中がいたんだ?
どんな連中なの?

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67名前: 日本@名無史さん投稿日: 2006/01/30(月) 22:38:06
>>55
当時の旗本はかなり野蛮で犬を捕まえて食ってた奴もいた(つまりかぶき者)。
綱吉は文治政治を目指していたから、そういう行為を止めさせるつもりで生類憐れみの令を出したが「切腹が怖くて天下の直参が勤まるか」ということで犬を食い続けた奴もいた。
このような旗本の反骨精神は戦国色の強い家康から家光の頃は許容されたものだが、綱吉の場合本当に死罪にしてしまった。
これにはさすがに旗本連中もビビって、骨抜きになって旗本は戦闘者としての素質が消失し官僚化し徳川幕府の政府としての統率力が高まった。

「生類憐れみの令」は馬鹿げているようにみえるが、徳川泰平の基礎の一つになっている。

 この前のブロントサウルス→アパトサウルス問題のときにも思ったけど、こうなってくるとオレらが子供のころに習ったことがどんどん書き換えられていくなあ。なんかいまの若いのが使ってる教科書見たくなってきた。


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by Hirai_UMA | 2006-03-19 14:50 | 社会・歴史
ミロシェビッチ死去

旧ユーゴのミロシェビッチ元大統領、独房で死去

 今日は余りに疲れてて、いまリンク貼りながらちょっと意識飛んだんですが、時機を逸しないうちにこれだけ伝えておきます。

 そういや今週の、というか明日のNHKアーカイブス「チャウシェスク政権の崩壊 ~市民が撮った革命の7日間~」がなんか良さげじゃないですか。ついでだからメモがてら書いときます。


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by Hirai_UMA | 2006-03-12 00:50 | 社会・歴史